2017年03月01日

もうしばらく耐える

施設側から契約についての話があった。




会社を2日で辞めた男。

会社を3日で辞めた男。

そんな汚点とも言える過去がある。




“さらに恥の上塗りをするのは・・・”




いろいろ悩んだ挙句、契約を延長することを決めた。




転職しやすい介護職とはいえ、

短期離職するより1年ぐらい続けたほうが次の向かう時の印象も技術も違うだろう、

と無理やり、かつ前向きに思ってね。




しかし、給与面を含めた雇用条件は変わらない。

10円でも時給が上がってくれたら、やる気も生活レベルも10円分向上するのに。




あのババアとの戦いは今後もありそう。

ただ、今月のシフトをみると一緒に仕事をする機会がだいぶ減ってきた。

ババアがいる時といない時では、自分のモチベーションが全然違うから、

どうせ仕事をするのなら、顔を合わせる機会は減らしてもらいたい。




過去の汚点は消えない。

でも、もう自分自身に負けたくはない。

今はそんな自分らしくないことを思っている。


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posted by 左一白 at 22:33| Comment(0) | 非常勤のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

生活できないレベル

給与明細をみる。

あまりの手取りの低さに、腸が煮えくり返る。




利用者や同僚に気を使い、

オバヘルの意地悪に耐え、

不規則な生活に我慢し、




“その結果が、たったこれだけかよ!”




そのくせ、仕事内容のレベルは求められる。

ただ、自分が納得して入った職場。

すべては自己責任。




さて、当初の契約期間残り1ヶ月。

退職する場合は、退職日の1ヶ月前に申し出るとの規約になっている。

さて、どうしたものかな・・・。

バイト採用だから、必要以上に気を使う必要もないが。



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posted by 左一白 at 20:15| Comment(0) | 非常勤のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

右から左へ

仕事帰りに食べるアイスクリームは旨い!

世間的にはまだ寒さが続くが、仕事中は汗だく。

北風ビュービュー吹いていても、それほど寒く感じないどころか、

冷たいものが本当に欲しくなる。

これが暑くなってきたら、仕事中熱中症でぶっ倒れるなw




自分は汗だくで仕事をしていても、他の先輩職員さんたちは涼しい顔をして

猛烈なスピードで仕事をこなしていく。

テキパキテキパキテキパキテキパキテキパキテキパキ!!

粗い仕事ぶりに見える時もあるけど、業務中ミスはない。

所詮、自分にはできない芸当。

『急いでやる必要はないよ。事故なく、慎重に。スピードなんて後から付いてくるから』

と、どの人も口を揃えて言ってくれる。

「早くやれ!」「急いでやれ!」というのは、例の意地悪クソオバヘルのみ。




しかし、テキパキテキパキという仕事は、利用者からみるとまた違う印象を持つようで、

「あの人怖い・・・」

と自分に小声で話してくれた。

よく観察すると、無表情で右から左へ流すような仕事ぶり。

たしかに物みたいに扱われると、怖さを感じる人もいるはず。

ほとんどの人が認知症なんだけど、認知症とはいえバカではない。




人に恐怖を与えるような仕事はしたくはないと思っているが、

今の施設では、朝から晩まで時間を追われるのも事実で、

自分でも右から左へ流す仕事を時折やっていることに嫌悪感を感じている。



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2017年02月11日

僕が歩んだ介護の路その24

木枯らしが世間を騒がす季節になった。

晩秋になって風邪が流行り出すと、父が真っ先に風邪をひいた。

きっとパチンコ屋でもらってくるのだろう。

マスクもしていたが、洗っていないものを何日も付けている状態で何の意味もなかった。

この年もゲホゲホと咳をしていた。




“毎年の風物詩だねw”




と笑ったが、父は

『お母さんの身体を支えたりすると、心臓がバクバクするんだ』

と、妙なことを言っていた。




在宅介護というのは、介護者に大きなストレスを与える。

身体的な介護もそうだが、介護保険の役所の手続きやケアマネとのケアプランの話し合い・・・。

ましてや、介護には朝も夜も休日もない。

自分も仕事で疲れ果てていて、母へのサポートが疎かになっていた。

出来る限りのことはやっていたが、仕事と並行しての介護は難しい状況だった。




父は医師の勧めもあり、精密検査(CTの撮影?)を行った。

結果が出るのは数週間後、と父は言っていた。




“やっぱり今の仕事は辞めよう。このままだと父も倒れる”




拘束時間10時間ぐらいの仕事から、3~5時間ぐらいのパートに変えて、

時間が空いた分、母の介護をやる。そうすれば父の負担も軽減する。

収入は大幅に減るが、共倒れるになるよりマシという考えがあった。

(実際、病院でのゴミ回収業務は肉体的に自分には限界だった)




『お前の考えは分かった。でも結論は精密検査が出てからにしよう』

そう父は答えた。

父は父で息子である自分に負担を掛けたくない、という思いがあったと思う。

昔の父は知らないが、自分が知る父は自分のことより家族のことを何よりも優先する人間。

ただ、父の年齢や肉体的老化、そして日増しに悪くなる母の状態を鑑みると、自分も行動に移すほかなかった。




精密検査の結果、「重症レベルではないが、心筋梗塞の恐れがあるので要注意」との結果だった。

新しい薬を3種類貰ってきた。

すでに血圧の薬やその他、いろんな種類の薬を飲んでいたので、さらに増えることになる。

『薬だけでお腹いっぱいなるね』

そんな会話を父と母とでした思い出がある。




“折を見て上司に退職することを話そう”




年内一杯で辞めるつもりだった。

そして、介護の事務手続きを自分が引き受け、負担の大きい大学病院への付き添いも自分が受け持つ。

できれば母を担当しているケアマネさんとも今後のことについて話がしたい。

そんなビジョンを持っていた。




新しい薬の飲み始めて3日後のこと。

父が死んだ。



(つづく)




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posted by 左一白 at 21:42| Comment(0) | 在宅介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする