2017年10月15日

僕が歩んだ介護の路その28

介護離職とはいえ、再び無職に逆戻り。




“あれだけ苦労して、そして回り道してまで再就職したのに・・・”




運命や宿命というものがあるのなら、受け入れるしか術はない。

もちろん悔しさや虚しさは残る。

しかしながら、もはや昨日には戻れないのだ。

もう後ろ向きな考えはしないように心掛けた。




“先立つものがなければ、何も出来ない”




その年の暮れから正月にかけて、わが家の財務状況などを徹底的に調べた。

(葬儀代の支払いや四十九日法要でお金が必要だったということもある)




幸いなことに借入金や負債の類はなかった。

生前、父は介護でかなりの額を使ったと話していたが、思っていたよりお金を残していてくれた。

わが家の経済状況を把握した時、父の声が聞こえた。

『これでお母さんを頼む』




“分かったよ、父ちゃん。俺、腹をくくるよ”




世間では正月休みが明けていた。

早速、ケアマネ・Yさんに連絡を入れ、介護離職したことの報告や今後のケアプランについて相談した。

手始めに週5時間(1時間×5日)の訪問介護と週1回のデイサービスへの通所を決めた。

数日後、気立ての良い、頼もしいヘルパーさんがやって来た。



(つづく)



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2017年08月04日

僕が歩んだ介護の路その27

在宅介護とフルタイムの仕事を両立させることは無理。

終日ヘルパーさんを雇う金があれば別だが、そんな金はない。

それでも、自分は両立させることを模索していた。




フルタイム勤務をパートタイムに変え、仕事に行っている間はヘルパーさんにお願いする。

収入は減るが、父の遺族年金と母の年金があればなんとか生活を維持できる。




しかし、この話を職場の上司に語ったがあまりいい顔をしなかった。

都合良すぎる話であることは重々承知している。

「とにかく、会社に自分の希望を話しなさい」と優しく上司は言ってくれた。




そして本社に出向き、全ての事情と希望を語った。

しかし会社側は、現状あなたに希望に沿うことはできません、と言われた。

覚悟はしていたが、あっさり拒否されると途方に暮れる。

やっと就職できた会社。仕事は苦痛の極みだが、精神的にはストレスフリーな職場だった。

去り難い気持ちはあったが、拒否された以上は去るしかない。




退職する旨を会社側に伝えると、翌々日には退職関連の書類が送られてきた。

人の出入りが激しい業種なだけに、対応も早いのだろう。

(仲良くしてくれた同僚さんにお別れの挨拶ができなかったのが残念ならない)




「途方に暮れる」と書いたが、介護は待ってはくれない。

とりあえず、一人で在宅介護を始めてみて、ケアマネさんに介護にかかる費用を算出してもらい、

そのうえで母の状態をみながら、短時間のアルバイトを探してみようと計画を立てた。

先の見えない戦いが始まった。




季節は年の暮れ。

行き交う人が幸せの絶頂にいるように見えた。




“どうして自分だけこんなに辛い思いをしなければいけないのだ!?”




恨み節を天に向って吠えても、天は答えてはくれなかった。



(つづく)



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posted by 左一白 at 21:36| Comment(0) | 在宅介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

僕が歩んだ介護の路その26

父の告別式が終わった翌日、母のケアマネ・Yさん(以下、Yさん)に電話を入れた。

「はじめまして」と伝え、父が亡くなったことを言うとかなりビックリしていた。




“母のケアプランもそうですが、介護保険の初歩の初歩から教えてもらえせんか?”




そう伝えると、Yさんはその翌日に飛んで来てくれた。




「全てのことが分からない」と素直に訴え、Yさんはその全てに的確に答えくれた。

当時の自分は、医療や介護の世界で働く人のイメージを悪く思っていて、

人の生死を見つめる過酷な環境ゆえ、事務的で冷淡な人じゃないと務まらないと思っていた。

しかし、Yさんは知的で温かみがあり、かつ優しい人柄でホッとした。

ちなみに、容姿は元タカラジェンヌでフリーアナウンサーの【瞳ゆゆさん】に似た雰囲気。

(残念ながら既婚者・・・というオチがあるのだがw)




初対面のその日のうちに介護保険のイロハを教えてもらい、暫定的なケアプランもまとめてもらった。

ただ、解決しなければならない大きな問題もあった。

それは「仕事」と「お金」のこと。




すぐに入居施設に入れることはできないことは分かっていた。また入れるつもりもなかった。

在宅介護を念頭に入れていたが、それ自分の仕事を捨てることになる。




“収入がなくなる状態で介護ができるのか?”




疑問以上に不安が大きかった。

Yさんも「仕事は続けられられたほうが・・・」と言ってくれた。

自分もそう考えたが、フルタイム勤務は難しい。




“ならばパート勤務にしてもらうよう会社とお願いするしかない”




しかしながら、そう甘くはなかった。

育児休暇制度や介護休暇制度が世間一般では認知されているようだが、

それはあくまでも一部の会社のみ。

当時勤めていた会社は、自分と母を冷たく突き放した・・・。



(つづく)



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