2017年01月04日

僕が歩んだ介護の路その22

自分の要領が悪いせいなのか、病院でのゴミ収集業務は勤務時間内に

終わらせることは困難だった。朝も30分早めに来て作業を始め、

昼休みも30分程度に済ませ、定時に終わらせることで必死だった。




仕事中、一番つらかったのはトイレ。

作業員は院内トイレ使用禁止だったので、作業員詰め所にある簡易トイレを使った。

しかし、その簡易トイレも恐ろしいほど汚いうえにカギがかからない。

大きいほうをする時なんて、片手でドアを押さえながらやったもんだw

おばちゃんたちは、清掃のついでに院内のトイレを使うことも可能だったのだろうが、

自分はそうはいかない。それにしても何故作業員は使用禁止だったのだろうか?




流しも水しか出ない。瞬間湯沸かし器なんてものもない。




“冬場になったどうするんだ??”




そんなことを考えていた。




途中、研修を兼ねて1ヶ月ほど他の請負先へ出向いていた時期もあったが、

基本的には病院内のゴミ収集業務をやっていた。

ある意味気楽ではあったが、自分の体力では厳しかった。

そして、仕事のやりがいも全くなかった。




ただ、ほんの若干名ではあったが、自分のような仕事をしている人でも

気を使ってくれる病院職員さんや看護師さんは居た。

お互い忙しく話す余裕もなかったが、顔を会わす度に挨拶できたことは良い思い出。




母は自分が出掛けると、不安そうな顔で自分を見つめた。

きっと、心細かったのだろう。

出掛ける前、いつも握手して「行ってくるね、バイバイ」と言葉を交わした。

自分もまた母を残して仕事に行くことが心残りだったと今思う。

そして父も、「今日も頑張ってこい!」と声を掛けてくれた。

自分が疲れ果てていることを見越してのことだろうと思う。

父の言葉がどれほど心強かったか。父の優しさは一生忘れない。



(つづく)



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posted by 左一白 at 21:19| Comment(0) | 在宅介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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