2016年10月31日

僕が歩んだ介護の路その19

訓練校での生活もだいぶ慣れてきた。

個性的かつアクの強い訓練生や講師に揉まれながらも、という条件が付くがw

ただ、慣れてきたといっても、集中できないことが多々あった。

言わずもがな、それは母の様態のこと。




日増しに状態は悪くなり、日中介護している父の負担も増してきた。

(それでも毎日、買い物ついでにパチンコ屋通いはしていたようだが)

特に深刻になってきたのが、トイレに行く回数。




『トイレに行きたい』

そう言って、トイレまで連れて行くのだが、肝心のオシッコが出ない。

膀胱炎ような下腹部がジワジワする気持ち悪い症状が続いているようだった。

それが四六時中なわけで、母も辛いだろうが、介護する側も負担が多くなる。

母の病気は、運動機能を司る脳の部分がダメになる病気であり、

内蔵面の動きも悪くなるのだろう、と素人考えながら思っていた。

大学病院に行って、オシッコを出やすくする薬を処方してもらったが、効果はなかった。

とにかく水分をできるだけ多く取れせるようにした。トイレ介助は面倒だがそれしか方法がなかった。




年が明け、訓練校での生活も半分が過ぎた頃、具体的な就職の話が出てきた。

アクの強い講師の中でも、担任の先生はとても良い人で、かつ自分に何かと目をかけてくれた。

訓練中での自分の取り組み方が評価されたらしい。自分ではそんなことは全く思っていないが。

担任は、自分は条件が良すぎるぐらいの求人を紹介してくれた。




君は仕事が丁寧で責任感のある正直な人だ。そういう人間はそうそういない。

この求人はそういう真面目な人じゃないと務まらない。やってみないか?





最高級に嬉しい言葉だった。他人からこんなに褒められたことはない。

ただ、母のことがある。自分は介護と両立できる求人を探すつもりでいた。

しかし、紹介された求人はとても両立は無理な感じだった。

担任に、ありのまま家の事情を話した。



(つづく)



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posted by 左一白 at 21:59| Comment(0) | 在宅介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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